都市センターホテル時代。ホテルの斜向かいに文藝春秋新社屋が完成して、多数の作家が私のホテルに現われた。笹沢左保氏、阿川弘之氏、黒岩重吾氏、五味康祐氏などは私が応対したことがあるが、笹沢氏、黒岩氏は全く記憶がないという。阿川氏とは夜勤の夜など、よく話し合った。
アイ・ジョージ氏と坂本スミ子氏は常宿にしていて、アイ・ジョージ氏とは大晦日の夜、ロビーで「紅白歌合戦」を一緒に見た。当時、アイ・ジョージ氏は、いまにカーネギーホールでリサイタルを開き、満杯にしてやると言っていた。そしてその夢を実現した。
当時、新進作家の梶山秀之氏が常宿としていて、ホテルの部屋で連載13本を執筆していた。その原稿を編集者に渡すまで、私が預かり、第一読者となった。もともと文芸が好きであった私は、門前の小僧として強い刺激を受け、ついには梶山氏の不在中、その部屋を覗いて、手に入る資料は自ら選び、連載の次回を予測して密かに競作を始めた。そのうちに、ごく稀ではあるが、3〜4本に1本は取れるという自負を持つようになった。作家としてデビューしてから、その話をすると、梶山氏はきみはおれのモグリの弟子だなと苦笑した。
都市センターホテルには、まだ捌け口を見いだせなかった私の青春の志がマグマのように燃えていた。