魂の切影

 

 
光文社
2005.7
   

小説家山吉雅樹は、写真家荒木経惟が歌人宮田美乃里と共に上梓した最新写真歌集『乳房、花なり』を荒木から寄贈されて、全身が感電したような衝撃をおぼえた。宮田美乃里は進行癌に侵され、片乳を切除した裸身を、荒木のカメラの前に公開した。片乳を失っても女であることの存在証明をアピールするために、彼女は数ヵ月と宣告された余命を結集して、荒木の作品の中に定着された。異端の天才写真家と、死を見つめる歌人の才能が火花を発するような写真歌集となっていた。

「私は桜の化身 樹の幹に直接咲くのは運命の花」

荒木の作品の中に挿入された短歌は、死の予感を孕んで凄絶なメッセージを読者に送る。特にこの一首は、山吉家に伝えられる歌を象徴しているように聞こえた。
山吉の遠祖は忠臣蔵で名高い吉良家の付け人山吉新八郎である。彼は浅野家中のむすめと婚約していた。挙式直前に松の廊下事件が発生して、二人は生木を引き裂かれるように別れた。訣別のとき、二人は満開の桜の花びらが降りかかる下で、
「散る花の行方を追うて迷へども めぐりぞ逢わむ運命さだめの枝に」
の一首を詠い交わして、袂を分かった。

また宮田美乃里は山吉の亡妻陽子に瓜二つであった。この歌人こそ、山吉家の運命の恋人の再来であり、亡き妻の化身であると信じた山吉は、歌人の余命ある間に、彼女を作品の中に書き残そうとした。与えられた時間はわずかである。この間、先祖累代、三百余年、および亡き妻への想いを込めて、山吉は渾身のペンを取って、一期いちごの歌人を作品に刻みつけようとする。

散る花の行方を追った三百年の後、ようやく同じ枝にめぐり逢った二人に与えられた時間はあまりにも短い。ただ一人の異性を探し求めて膨大な時間を漂流する一組の恋人の残酷な恋物語を、山吉は魂の切影としていかに結像することができるか。

 

   

 
 
 
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