棟居刑事の東京蛮族

20代、30代、盛んに山に登り、「俺たちは町には住めないからに」と山男ぶっていたが、私は生来的には山よりも都会が好きである。特に東京の高速回転のペースとテンションが好きである。たまに大自然の中でのんびりするのも悪くないが、美しい風景とうまい空気だけでは、私は生きられない。大自然は牛や馬や熊が住むには適していても、出会いとチャンスが少ない。特にチャンスは野心的な若者にとっては必要不可欠な栄養である。
無数の人間が蝟集して織りなす異常な熱気と、人生のレースに参加している緊張感、東京にはだれでも来ることはできるが、そこに定着するのは難しい。東京のきらびやかなイルミネーションの底には、そこで挫折した人々の死屍が累々と横たわっている。東京では体熱の低い人でも多数で群れ集まっていると、他人の体熱を移されて盛り上げる。なんのために盛り上がっているのかわからないが、なんとなく熱っぽくなる。
東京から落伍した者も、東京を離れると懐かしがる。世界最大の人口をつめ込んだ東京に、一時でも自分の人生を託したことは、彼の生涯の中の重要な部位から動かない。
東京ほど人生の明暗がはっきりと分かれる街はない。だが、どっちつかずのグラデーションも許容する寛容性を持っている。
都心の空に星の光は淡い。だが、凄絶な星空を覆い隠す無数の人間の瘴気が東京の空を紫に染めている。人為的な色彩であるが、狼が遠吠えする荒野にはない人間のにおいが濃厚である。『大都会』以下、一連の東京シリーズは、私の東京愛好性から生まれた。

双葉社
2002.4
双葉社
2004.7
双葉社
2005.10

 
 
 
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